サンゴは、刺胞動物門に属する動物で、その組織に褐虫藻を共生させています。サンゴの活動は、この共生褐虫藻の光合成による有機物生産によって支えられています。サンゴ礁が形成されるような海域は、栄養塩の少ない、いわゆる貧栄養海域で、きれいな海域です。サンゴ礁で豊かな生態系がみられるのは、褐虫藻の光合成による有機物生産のおかげです。
海が汚れていくと、共生褐虫藻が光合成できなくなり、結果的にサンゴも死滅します。そのため、サンゴは、しばしばきれいな海の代表的な指標生物として扱われます。一方、養殖活動は、高密度に魚類を飼育するため、周辺水域に有機物を負荷します。過剰な有機物負荷により、環境が悪化することもしばしばです。つまり、海洋環境における養殖活動は、海を"汚す"代表的な人間活動の一つともいうことができます。
つまり、「きれいな海に棲息するサンゴ」と「海を汚してしまう養殖」は、相容れない関係にあります。既報研究においても、そのような報告がなされています(例えば、Garren
et al., 2009)。
しかしながら、鹿児島県奄美大島にある近畿大学水産研究所奄美実験場では、その両者が共存しています。
近畿大学奄美実験場(2001年開設)では、1998年から海面でクロマグロの養殖を開始しています。そのクロマグロ養殖いけすを支えるために渡しているロープ上に、多様なサンゴが付着・成長しているのです(日比野ら,
2009)。
このように、「海を"汚す"代表格人間活動の養殖」と「きれいな海の代表格生物のサンゴ」が共存・共栄しているこのようなケースは、世界的に見ても、非常に稀有なケースと言えます。非常に面白いことに、クロマグロ養殖をしている湾沿岸には、サンゴがほとんど棲息していません。もしかすると、養殖を始めたからこそ、サンゴがこの湾に棲息し始めたのかもしれません。このようなことを可能にしているメカニズムは何なのでしょう。
養殖に携わっている現場の方々は、実は、このサンゴを嫌っています。なぜなら、サンゴが年々付着・成長していくために、ロープに負荷がかかり、いけすが不安定になったり、ロープが切れる恐れがあるためです。しかしながら、この現象は、サンゴはきれいな海の象徴ですので、適正な範囲において養殖がなされている証左とも言えます。
養殖とサンゴ。相容れないはずの両者が、共存・共栄している奄美実験場のクロマグロ養殖。これらの関係を科学的に明らかにすることで、人間活動と自然との共存・共栄のモデルケースとして扱える日が、ひょとしたらやってくるかもしれません。
このような「なぜだろう」という疑問と知的好奇心、そして、現場の求めていることと隔たりのないように、日々研究に励んでいます。